百会で呼吸する
生まれる前、つまりお母さんの胎内にいた時は、どんな呼吸をしていたでしょう。
今お腹の中央にある臍から血管が伸びていてお母さんの胎盤とつながっていました。そしてそこからすべての栄養素や酸素が送られてきて、老廃物や二酸化炭素を送り返していました。
生まれる前の赤ちゃんの中心は臍だったのです。
おぎゃーと叫んで生まれた瞬間、へその緒を切られ、命脈を絶たれる思いをするのです。死ぬーっと叫んでいるのかも。
でも次の瞬間、今度は口が臍の代わりに開かれるのです。臍を中心に流れていた栄養素も空気も、今度は口を入口として流れ込んできます。空気が肺に入った瞬間から新しい気の流れ、経絡が始るのです。
肺経に始る経絡が身体の中を一巡りして、生きている、息しているという状態が始るのです。
臍にあった身体の中心が口に移動しました。それでも臍はまだ五臓六腑の中心としての役割を続けています。それとは別にもっと力強い任脈、督脈からなる小周天が口を中心に動き出し、すべての経絡を主管します。
地上での肉身生活は120年続けて、この循環を繰り返しています。そして百会と会陰が北極と南極のように両極を成していきます。
会陰の発達と共に思春期に入り、愛の感性が芽生え、愛による呼吸が始ります。人間の霊人体は会陰と百会とで愛を呼吸しています。そして愛の感性が完成すると次の世界に行く準備が整いました。
僕らは頭の上のひよめき(百会)と細胞で愛を呼吸して生きるようになります。


