心と身体
人間が怖いものと遭遇すると、例えば森で熊に遭遇するとか
するとまずびっくり反射を起こします
びっくりして飛び上がる、あるいはさっと身をかがめる
これらの反射は下腹部の筋肉が急に収縮して身体を小さくしているのです
虫もそうです
芋虫、ダンゴ虫を軽くつついてみると丸まって小さくなります
そういう反射が人間にもおきます
その時、顕著に反応するのが腎の領域である下腹部です
恐れおののきが腎と関連している
これを昔から人間は理解していました
臓腑と感情は対応している
すなわち感情は臓腑にぞくしています
心(こころ)というと、しんのぞう(心の臓)すなわち所在は胸の中です
でも心臓が関連するのは喜びという感情で、他の怒り、恐れ、憂い、悲しみは別の臓腑に属していると言われています
すなわち
肝=怒り 心=喜び 脾=思い憂い
肺=悲しみ憂い 腎=恐れおののき
怒りは肝に属し、肝からワナワナと湧いてきます
または一気に雷のように、肝から放電します
そして怒りは肝の華である目からめらめらと燃え出したりもするのです
怒りっぽい人は肝のつぼを刺激すると感情をコントロールしやすいです
簡単なのは脇腹の按腹
脇腹の硬くなっている人はコントロールしにくくなっていますから、よく揉んでください
目に見えない心や感情が、目に見える身体と対応しあっている
だから心や感情を正常化することができれば身体の異変も正常化することができるでしょう逆に身体に鍼などの治療を加えることで、心や感情も正常化させることもできるのです
それで最近増えている精神的な病やストレスからくる症状、不眠や不安症、パニックなども身体のつぼで治療されるのです
五臓の気のバランスを整えることで心も身体ももっと居心地がよくなることでしょう
人間は壊れている
生き物はみんな生きようとする流れに進んでいるように見えます
生きよう!とか、殖えよう!とか、ある目的に向かっているように
しかし人間はちょっと複雑です
シンプルではない
一筋縄ではなく、矛盾性を抱えて生きています
生きよう!という方向を持ちながらも、病気をつくるような生活を選んでいる僕たちは、矛盾だらけです
相異なる方向性を持って進もうとしていますから、システムとしては壊れています
車でいえばブレーキとアクセルを常に踏んでいるようなもの
客観的に観るとなんとも不自然でかわいそうな存在ですね
何か病気や症状を持った方はそういう盾と矛を明らかに持っています
胃を傷めている方の多くは過食です
胃の容量を超えて食べていたり、胃に休憩時間を与えずに食べ続けていたりしています
話を聞くと、だめなのはわかっているけど、、、とおっしゃる
ブレーキとアクセルを一緒に踏み続けると、思うように進まないし、止まらないので、乗っている人はストレスを感じています
ストレスの原因は外部の環境にもありますが、自分自身の内部のこうした矛盾性こそ、いつも消えないしつこい原因になっています
人間は壊れている
歯車がかみ合っていない
何かがうまくいっていない
根本的な修正が必要な存在です
個人的にも、家庭的にも、社会全体も
むしろ壊れた人間が集まった社会がうまくまとまるわけがなく、矛盾だらけで闘争を繰り返してしまっても当然かもしれません
恐怖はどこから
恐怖心は人間を破壊する毒のようなものです
恐怖心があるために、人間は本当に危険なことから回避することができます
例えば死の恐怖を感ずれば危ない無茶はしないというように
でも多くの場合恐怖心は人間を不幸にしています
というか恐怖を感じている限り、本当に幸福だとは言いにくいと思います
幸福を追求して発展し続けている人類が、依然として恐怖を克服できない
恐怖はストレスとして、人間を苦しめ、悩ませ、病気にしています
恐怖は最初から人間に与えられたものなのでしょうか
それとも後天的に獲得してしまった副産物なのでしょうか
ギリシャ神話にはパンドラの箱を開けた瞬間から恐怖や病気、すべての悪いものが始まったという記録があります
パンドラという女性が好奇心から開けてしまった箱は、何かを譬えているのでしょうけれど、いずれにしろ後天的に獲得したもののようです
旧約聖書の失楽園の物語でも、エバという女性が善悪知るの木の果実を食べて恐怖心が始まっています
初めの人類が堕落して神様からエデンの園を追われる時に、羞恥心で下部を隠し、恐怖で身を隠したアダムとエバでした
この物語も恐怖心が後天的な産物であることを示しています
人間に最初からあったように当然のように内在している恐怖心
あたかも細胞に刻まれているかのように湧いてくる恐怖心
トラウマを解消していくように、ひとつひとつ断片的な恐怖心を解決していき、
やがて根こそぎ恐怖心を引き抜くことができたなら
多くの病気や症状は消えていくことでしょう
恐怖が病気の原因になる
恐怖心を持ちたい人がいるでしょうか
お化け屋敷に行って恐怖体験をしたい人は、怖いもの見たさという人間の好奇心の強い人なのでしょうか
ジェットコースターやバンジージャンプに挑戦する人も身がすくむような思いをしながらそれを克服する手ごたえを感じたいのでしょうか
お化け屋敷もバンジージャンプも、それがいずれ終わることをわかっているから楽しめるのではないでしょうか
それが永遠に続く恐怖だとしたら、それを自分のものにしたい人はいるのでしょうか
今朝の『チコちゃんのぼーっとしてるんじゃねーよ』(テレビ番組)で、バンジージャンプなどの高い所で怖さを感じる時には下腹部がぞっとするような感覚を覚えるというのをやっていました
九州大学の吉原先生が膀胱の筋肉の伸縮によってそういう感覚になると説明しておられました
東洋医学では恐怖は腎に属する感情ですので、強い恐怖は腎を傷めます
高所の恐怖も腎に影響して、腎の現れている下腹部に反応がでるということになります
「東京は怖い」と言って地方に隠居された方がいました
どのような怖い思い出が東京にあるのかは別として、恐怖は腎に影響し、腎経、膀胱経の問題が起こる場合があります
膀胱経は脳を通過しますので、脳の様々な問題も起きてくるのです
心の中に恐怖を持っていると、それは毒になります
腎を傷め、全身にも影響します
治療を通して恐怖を取り除く作業が必要になります


